史料に基づいた小城羊羹の歴史について紹介します。

3-2. かつぎ屋さんによる販路開拓

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昭和27年3月、あらためて小城羊羹協同組合が組合員22名で創立され、戦後の日本の復興、発展とともに羊羹製造業者も発展してまいりました。そして、昭和29年2月に「小城羊羹」が全国的にも珍しいことですが、特許庁に団体商標として登録され、現在に至っています。

 

戦後の小城羊羹の発展を考えるときに、忘れてならないのは「かつぎ屋さん」の存在である。昭和30年から昭和40年代にかけて、小城羊羹の販売はそ の多くをこの「かつぎ屋さん」に依存した。大きな風呂敷包みに羊羹を背負い、小城駅から列車に乗って、西は長崎、佐世保、南は熊本、東は博多、筑豊、小倉 あたりまでがその圏内であった。大半は海外引き揚げの婦人達で、日帰りの重労働ではあったが、手軽に現金収入が得られることから、これら婦人達の活躍と なった。

かつぎ屋さんは最盛期には100人を超えていたと思われる。このかつぎ屋さんによる販路開拓は、終戦後の小城羊羹の発展の礎を築いたという意味で も、忘れられない出来事である。しかしその後はモータリゼーションの発達、流通手段の多様化によって小城羊羹は販路を拡大し、昭和50年頃の小城羊羹の販 売額は約15億円に達するようになり、その後は小城町の主力産業に成長してまいりました。

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